「平気な自分になりたい」が自分を追い詰めていた理由

「人に何を言われても平気でいたい」と悩んでいませんか?

あなたは、
こんなふうに思うことはありませんか?

たとえば、、、
職場で誰かに
ちょっとキツめの言い方をされたとき。

「そんなことで気にしすぎだよ」
と笑われたとき。

帰り道、
ずっとその言葉が頭の中を
ぐるぐるまわって、、、

お腹のあたりが
ズーンと重たくなって、、、

家に着いても、
なんだか気持ちが沈んだまま
上がってこなくて。。。

そんなとき、
こんなふうに思ったりしませんか?

「こんなことで傷つく私が弱いんだ…」
「もっと強くならなきゃ…」

「人に何を言われても
平気でいられる自分になりたい…」

SNSや本で
「他人の評価を気にしない方法」
「鋼のメンタルの作り方」
みたいなものを読んでみたり。。

でも、
やっぱりできなくて、、、

「やっぱり私はダメだ、、、」
と、
また自分を責めてしまう。。。

なぜ「平気な自分になりたい」と願うのが苦しいのか?

もし、
「あ、私のことだ…」
と感じたとしたら、

ここから先の話は、
もしかしたら大事かもしれません。。

なぜなら──
この「平気な自分になりたい」
という願い自体が、

じつは、

あなたをいちばん
苦しめていたかもしれない
からなんです。

「え、、、?
前向きな目標じゃないの、、、?」

そう感じたかもしれません。
でも、ちょっと
立ち止まって考えてみてほしいんです。

感情に蓋をして「人間らしさ」を否定している

嫌なことを言われたとき、
悲しくなったり、
傷ついたり、
ムッとしたりする。

これって、
人間としてごく自然な
心の反応
なんです。

あなたの身体が、
「それ、痛いよ」と
ちゃんと教えてくれているサイン。

でも、
「平気な自分になりたい」
と願うことは──

この「痛いよ」というサインに対して、

「こんなことで
 痛がるなんてダメだ」
「こんな反応をしてはいけない」

と、自分のなかの
自然な感情に蓋をしようとすること
だったりするんです。。

これ、
身体のケガで例えると
わかりやすいかもしれません。

「人に何を言われても
 平気になりたい」

これは──

「ナイフで切られても、
 痛くもかゆくもない
 身体になりたい」

と願っているのと、
ほとんど同じことなんです。。

そう言われると、、、
ちょっとゾッとしませんか?

痛みを感じるのは、
私たちが
生きている人間だから。

痛みを全く感じなくなることは、
心の感覚を麻痺させて、
ロボットのように
なろうとすること。。

つまり──

「平気になりたい」という願いは、
気づかないうちに、
自分の人間らしさを
否定してしまっていたんです。。。

「傷つく自分=ダメな自分」という自己否定の方程式

そして、
もうひとつ──

「何を言われても平気な自分」
を理想として掲げるとき、

あなたの心の奥で、
こんな方程式が
出来上がっていたりします。

理想:動じない、強い自分
=良い自分、愛される自分

現実:すぐ傷ついて、落ち込む自分
=ダメな自分、愛されない自分

この方程式が
無意識にできあがっていると、、、

「平気な自分を目指す」
こと自体が、

裏を返せば
「今の傷ついている弱い自分には
 価値がない」
と、

毎日、自分にダメ出しを
し続けている状態、、、
になってしまうんです。。

前向きに見えていたはずの願いが、
じつは──
いちばん深い自己否定
なっていた。。。

その「自己否定のクセ」はどこから来たの?

ここまで読んで、
少しドキッとしたかもしれません。

でも、もし
この方程式に
心当たりがあったとしたら、

こう思ってみてほしいんです。

「、、、なんで私は、
 こんな方程式を
 持つようになったんだろう?」

もしかしたら──

それは、
ずっと昔、
あなたがまだ小さかった頃
関わりがあるかもしれません。。

たとえば、、、

泣いたら
「泣くんじゃない!」
と怒られた。

弱音を吐いたら
「もっと強くなりなさい」
と突き放された。

悲しくても、
笑っていないと
お母さんが不機嫌になった。

「強い子でいなさい」
「泣かない子がいい子」
「平気な顔をしなさい」

もしかしたら、
そんなふうに
言われたことがあったかもしれません。。

たとえ、
はっきり覚えていなくても──

あなたの身体は、
あの頃の空気を
とてもよく覚えています。

「傷ついた顔を見せたら、
 愛してもらえなくなる」


「弱い自分を見せたら、
 居場所がなくなる」

あなたの神経は、
そう学んでしまった。。

だから──

大人になった今も、
自分自身に対して
同じことを言い続けてしまうんです。

「傷つくなんて弱い証拠だ!」
「平気な顔をしろ!」

もしかしたら、
あの頃の誰かの声に似ているかもしれませんね。。

でも──
それは「性格」ではありません。

あの場所で
愛してもらうために、
生き延びるために身につけた、

とても切ない
防衛反応だったんです。。

本当の意味での「心の安定」とは?

では、
本当の意味での「心の安定」って、
なんでしょうか?

「鋼のメンタル」のように、
何を言われても一切動じないこと、、、
ではないんです。

それはむしろ、
心の感覚を麻痺させること。。

本当の安定は、
もっと静かで、やわらかいもの
だったりします。

たとえば──

誰かの言葉で
胸のあたりがチクッとしたとき。。

その痛みを「ダメだ」と否定するのではなく、

「、、、あ、今、チクッとしたな。」


「そりゃあ、
 あんなこと言われたら
 悲しいよね。。」


「、、、痛かったね。」

と、
弱っている自分を
否定せずに、
そっと寄り添ってあげること

自分の中に湧いてきた
悲しみや痛みを、
「感じちゃダメだ」と消すのではなく、

「ああ、痛かったんだね」
と、ただ認めてあげること。

たったそれだけのことが──
じつは、
他人の言葉に振り回されない
「しなやかな強さ」
につながっていくんです^^

「傷つかない鋼」ではなく「しなやかな竹」のような強さを

「鋼」は硬いけれど、
強い力が加わると折れてしまいます。

でも「竹」のように
しなやかな強さは、
風が吹いても折れずに、
揺れながら元に戻れる。。

「傷つかない自分」
を目指すのではなく、

「傷ついた自分を、
 否定しない自分」
になっていくこと。

それが──
ほんとうの意味での
「心の安定」
なのかもしれません。。

今日からできる、心を溶かすための「最初の一歩」

とはいえ──

「そうは言っても、
 ずっとこのクセで生きてきたから、
 すぐには変えられないよ…」

と思ったかもしれません。

そうですよね。
これまで何十年もかけて
身につけてきた防衛反応ですから、
すぐに手放せなくて当然です。

だから──
今日できることは、
ひとつだけで大丈夫です。

次に誰かの言葉で
チクッとしたとき。

自分を責めるかわりに、
ほんの一瞬だけ──

「、、、痛かったね。」

と、
自分にそっと
声をかけてみてほしいんです。

それだけでいいんです。
今は、それだけで
十分です^^

急に「強い自分」
にならなくていい。
感情を押し殺さなくていい。

ただ、
「あ、今、自分は傷ついたんだな」
と気づいて、
否定しないだけ。

その小さな「気づき」が、
ガチガチに凍りついた心を
少しずつ、少しずつ
溶かしていく最初の一歩に
なるんです^^


最後までお読みくださり、ありがとうございました。
心と身体に意識を向けながら、今日も1日をお過ごしください^^

椎名

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